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私の住む町Travel案内  ヴィチェンツァ Vicenza
15 Marzo 2012

■私の住む町番外編(3)
世界遺産の指定に大きく寄与した
ルネッサンスの代表的建築家



パッラーディオの墓
La tomba di Palladio



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案内人 三浦和美



ヴィチェンツァの町を語るにあたって、この町が世界遺産の指定を受けたことに寄与したルネッサンスの建築家アンドレア・パッラーディオAndrea Palladioの名を出さないことにはいかないだろう。パッラーディオは1508年、粉屋の息子としてパドヴァに生まれた。13-14歳頃にパドヴァの石工職人の工房に弟子入りするが、1年後には何かの事情で工房を飛び出し、家族共々、ヴィチェンツァに移り別の工房で働き始めた。

パッラーディオが28-30歳頃、ジャンジョルジョ・トリッシノというヴィチェンツァの貴族のヴィラの工事に携わっていたが、トリッシノは当時の人文主義者で建築にも大変通じており、パッラーディオの才能を一目で見分け、ローマに何度もパッラーディオを連れて行き、古代建築をパッラーディオに学ばせた。その後めきめきと頭角を見せ始めたパッラーディオはヴィチェンツァをはじめヴェネト地方のあちこちに壮大な建築群を残した。1570年頃にはヴェネツィアに移り、ヴェネツィア共和国の建築責任者の地位にまで上り詰めた。1580年遺作となるオリンピコ劇場Teatro Olimpicoを設計するが、その夏、アーゾロのヴィラ・マゼールVilla Maser小聖堂Tempiettoの仕事の最中に帰らぬ人となったと言われている。 その死後長い間、チェントロ・ストリコにあるサンタ・コローナ教会に葬られていたが、1845年にヴィチェンツァ市記念墓地にその墓が移された。バルトロメオ・マラカルネ設計の壮大な墓所にはパッラーディオ建築の特徴のひとつとも言えるペディメント(破風)が見られる。パンテオンを思わせるようなドーム天井の下で眠るパッラーディオ、ジュゼッペ・デ・ファブリスが彫刻を手がけた墓の上には女神に冠を授けられるパッラーディオの像がある。


私の住む町番外編・データ
 

Cimitero Monumentale di Vicenza
ヴィチェンツァ記念墓地

住所:Viale Trieste, 5 36100 Vicenza
オープン時間:8:00-19:30(4月1日-9月30日)、8:00-18:00(10月1日-3月31日)
行き方:国鉄駅やオリンピコ劇場近くのPiazza XX Settembreから市バス5番で墓地Cimitero前下車。駐車場にパッラーディオの墓の位置を示した墓地の略図あり(記号A)。中央入口から入って正面突き当たりの奥に見えるペディメントに大きくパッラーディオの墓Tomba di Palladioと書かれている。

※ヴィチェンツァへのアクセスなど一般情報は、おすすめ一日観光コース(1)のデータ部分をご参照ください。

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